はじめに〜

このページは参考文献です(増田章のブログのアーカイブ)正式な理論に関する文献ではありません。
2013年05月04日テーマ:FKプロジェクト
BABジャパンから出版予定の書籍の執筆とフランスセミナーの準備で忙しくしています。連休も休み無しです。少しは、子供達と思い出を作りたいと思っていますが・・・。今回は、ヨーロッパの人達にフリースタイル空手の説明をするためにしたためた、原稿を載せます。

フリースタイル空手は、私にとっても自己変革と進化を要求します。しかし、それは難しいことではありません。なぜなら、誰もが初めは、未知への挑戦だったと思います。私は、その挑戦を楽しみたいと思います(正直、苦しい面もあります)。

また、空手を志す人達は、誰もが強くなりたいはずです。それならば、彼を知り、己を知ることが必要です。

確かに、人間は変化を好まない面もありますが、同時に変化を好む面もあるのではないかと私は思っています。また、死ぬまで変化しなければならないものです。更に、人間は、変化できなくなった時に死ぬのです。

 

転じ(Turnaround)とは?

転じとは、戦い(戦闘)の勝利を決定する局面に内在する、戦いの原理のようなものです。私は、戦いの局面において、より善く戦う者の戦術には、転じの原理が存在すると考えています。勿論、私の経験からくる仮説ですが‥。

私は、それを「転じ(Turnaround)と名付けました。その定義は、「対手の攻撃を無力化し、反撃の効力を最大化する状況をつくること」となります。

【戦術が多様で複雑】

フリースタイル空手という総合武術・武道スポーツは、戦術が多様で複雑になります。なぜなら、相手を打つ、蹴る、倒す(投げる)ことが許されるからです。また、他の格闘技スポーツは、戦いの局面や攻撃技術を限定し、戦術の幅を制限しています。勿論、フリースタイル空手も関節技やグランドの攻防(戦術)を制限しています。それは安全性を確保するためのものです。安全性の確保がなぜ必要かと言えば、答えは簡単です。

【優れた技術を創出、最終的な心身の強化を目標】
それは、フリースタイル空手は、スポーツとして楽しむのみならず、優れた技術を創出すること、又、個々人の心身を強化し、社会における有為の人材育成を補完することを目標としているからです。ゆえに、その目標を達成するために、安全性の確保が必要なのです(極端にいえば、修行の過程で絶命すれば、技術の継承はそこで終わりですから・・・)。

勿論、本当に優れた心技体は生死の境を体験したものでなければ身に付かない、と容易に想像できます。しかしながら、それは極々少数の者に許されないことなのです。また、私の感覚によれば、生死を安易に口にする者は怪しい。また、その領域が武道家と名乗る人達の隠れ蓑になっているような気がします。私は、この部分について、これ以上、公には言及しません。

【戦術の限定は、戦術や技術を研ぎすます】
さて、戦いの限定、つまり戦術の限定は、戦術や技術を研ぎすと私は考えます。
例えば、ボクシングやレスリングはその典型です。フリースタイル空手理論から見たボクシングは、突き(パンチ)による頭部打撃という戦術に特化したスポーツなのです。しかし、戦術に特化するがゆえに、その戦術と技術、身体能力が優秀なのです。またレスリングは、組み合いによる相手の支配(素手による)という戦術に特化したスポーツです。ボクシング同様、その戦術、技術、身体能力が優秀であるのは、戦術に特化するがゆえです。

【空手の特異性の第一は】
視点を変えて、空手はどうでしょうか。空手は突きや蹴りに技術を限定・制限しています。そのことにより戦術が限定されます。本来ならば、ボクシングやレスリング同様、優れた戦術が誕生しなければなりません。

私が考える、空手の特異性の第一は、ボクシングやレスリングとは異なる間合い(距離)からの攻撃だと、私は考えます。言い換えれば、中間や遠間からの攻撃です。勿論、接近戦での打撃技や相手が掴んでいる状態における、打撃技を可能とすることも空手技の特異性でしょう。しかし、やはり空手技の特異性は、中間(ミドルレンジ)における攻撃技(素手による)の機動性、すなわち剣などの小武器にも対応できる攻撃技と機動性なのです。

しかしながら、そのような攻撃技術がフルコンタクト空手競技では観られなくなっています。おそらく、蹴り技の攻防から逃れるための戦術としての接近戦を多用するからでしょう。言い換えれば、空手技の突きと蹴りの打撃技を使用するという特異性を充分に活かしていないということです。ここは丁寧に話さなければならないところですが、簡単に説明します。

【組手法の改善のために】
その傾向に気づき始めた空手指導者達は、組手法の改善のために、キックボクシングのように頭部打撃をフルコンタクト空手に取り入れたりしています。
私は、それもひとつの試みであり、否定はしません。また、安易な接近戦を反則とする流派も出てきました。私は、そのような方法を悪くないと思いますが、競技スポーツとして考えた場合、少々難があるように思います。なぜなら、競技スポーツとするなら、なるべく仕組み(システム)として、そのような状態が自然に生まれなくするようにしたいと考えるからです。それは、他者が、これをしてはならない、あれをしてはならないと注文を付け過ぎると、選手の動きに自由度が奪われ、より善い変化と優れた感覚が生まれなくなると思うからです。また、接近戦の攻防も重要です。なぜなら、空手も武術の一種であり、狭い場所に対応する打撃技も必要だと考えるからです。

【フリースタイル空手は】
一方、フリースタイル空手は、先述したように、安全性を確保しながら、あらゆる年代の愛好者に反復練習を可能とすることを目標としています。ゆえにグローブを使用した、突きにによる頭部打撃を採用するのではなく、フルコンタクト空手を基盤にします。しかしながら、近間では、組み合っても良いという、ある意味、当たり前の条件を設定します。

そのことにより、空手家の心身に、優れた間合い感覚、体捌き・運足の技術が引き出されるのです。本来、近間での攻防は、掴んだり、組んだりするのが自然です。また、接近戦における、組み合いへの対応という戦術と技術を空手に加えれば(本来の空手では当たり前)、護身武術としての伝統空手が復権します。突き蹴りのみが空手だと理解している人達は戸惑うかもしれませんが、護身に空手を役立たせたいと考えるならば、多様な格闘状況を知らなければならないと思います(もちろんすべてを知ることはできませんが・・・)。

但し、組手競技として、それを行なう場合、下図のように戦闘局面が大きく分けて3つになり、組手が複雑になります。また、頭部打撃という空手の得意技を禁止すれば、組技の強いものに有利、打撃技が得意なものに不利になるという意見が出るでしょう。ゆえに、組み合いが許される時間を、3秒間に制限しました。

それでも、打撃技が得意な者に不利だという方には、これからもう少し説明の努力が必要かもしれません。しかし極真空手を代表とするフルコンタクト空手の蹴り技は、かなり強力な打撃技、攻撃技です。私は積極的に組技を学び、それを取り入れれば、かなり強力な格技が誕生すると確信しています(時間がかかるかもしれません)。

更に付け加えるならば、確かに戦術の範囲を広げ、戦闘局面の種類を増やせば、組手が複雑になります。しかし、それを我慢して、先ずはチェスのように、駒の動かし方と簡単な手筋、すなわち、基本技と組手型(基本戦術)を身につけさえすれば、組手(戦い)がチェスのような戦略ゲームに近づいていくのです。

そのように空手が変化を遂げれば、これまでの戦術を磨き上げるということのみならず、戦略的観点の醸成という新たな目標が生まれてくるでしょう。

そこから、人間教育に役立つ、ストラテジック・コンバット・スポーツ(戦略的格闘技スポーツ=武道スポーツ)が誕生するのです。

【補足・蛇足】
蛇足ながら、近間・接近戦での攻防では、金的や目つきなどの急所攻撃をすれば良いというように短絡しないで下さい。そのような考えは、奇襲・不意打ちという次元であり、緊急の護身術としては考えなければなりませんが、よくよく考えて下さい。それを安易に持ち出すと言うことは、小武器の使用も有りということと同次元だと私は考えます。そうなると、ルールを限定し、多様な戦術に対応するための能力や、格闘の基盤となる身体能力を高めるということから離れていきます。

異論もあるとは思いますが、私には論争する気もありません。なぜなら、そのような武術の流派もあっても良いと思うからです。しかし、私は公ではそれを行ないません(裏でやるかもしれませんが・・・)。

話を戻せば、なかなかフリースタイル空手の効用を理解していただけないようですが、もう少しだけ頑張りたいと思います。

修正部分:青字