型と自由〜増田章の「求道的武道論」…「求道為生楽」

 

武道とは何か?

武道とは何か?巷には諸論が溢れてはいるが、「その多くが正鵠を射ていない」と私は考えている。

武道について学術的に論文を書きたいと考えているが、文献の収集と読み込みが不十分なことと、研究費がないのでそれを進めることができない。

これから書くことは、増田の直観的思惟の記録である。まずはじめに私が考えることは、武道とは語であるから、なんらかの意味、概念を内包するものだということである。そのような前提を是とすれば、諸論あることは自然なことかもしれない。

ゆえに、私の立場は最大公約数的な要素を抽出すること。また、その底流にある、思想的な共通点とその思想的要素において、もっとも普遍性を有する要素を重要視したい。そして、それらを生かすような武道論を次代に繋げたいと考えている。それら最大公約数的な要素とは、まず身体、または武具(道具)を用いた他者の制圧技術の体得が目的とされていること。その要素は武術的な要素と言い換えられるかもしれない。もう一つは、「道」と云う語に内包される意味、概念が示す要素のことである。

「道」の概念

私の武道観を理解しょうとすれば、まず「道」の概念を理解しなければならない。そのところを論文では丁寧に展開したいが、今回は簡単に述べるに止めたい。

道とは訓読では「みち」、音読では「どう」である。武道の道は、音読の「どう」と読むが、武道には「武の道(みち)」、または武蔵の概念では「兵法の道」「太刀の道」という要素が入り混じっている。入り混じっているという表現を用いたのは、言葉もそうであるように、概念とは、多様な意味が包摂され融合して、伝わっていくのが通常であると、考えるからだ。

その辺に視点を合わせ、日本の思想史の先哲の論文を紐解けば、ついついのめり込んでいく。その先哲の一人、日本思想の研究者で第一人者であった、故・相良亨氏の著作によれば、『「みち」には、辿り着くという営みのイメージ、方向性のニュアンスがある』。一方の『「どう」には、究極的境地のイメージがある』と、述べられている。

また「みち」のニュアンスを代表する思想に武蔵の五輪書の思想をあげ、「どう」のニュアンスを代表するものに道元の思想を取り上げている。また、千利休の創始した茶道の思想や世阿弥等の能の思想も少し取り上げている。さらに、中国思想も取り上げ、その源流をたどるような試みもされているように記憶する。

ここで断っておきたい。私は、中国の「道」について、儒教的な「道」と道教的な「道(タオ)」とがあり、それらが異なることを知っている。

相良亨先生の著作では、儒教的な道の概念を紹介するに止まっていたように思う。相良先生は、儒教的な道の概念の代表として、朱子(朱熹)の「道は即ち理なり」というものをあげていた。それに関連して、「中国の理はヒトの本然的秩序観念」であり、それは時に現成の秩序には破壊的に働きさえする」と、日本の中国哲学研究の第一人者であった、故・溝口雄三先生の考えを掲載していた。余談だが、この溝口先生の講義を私は受けたことがある。また少しだけお話を交わさせていただいた。とても稚拙な質問だったので恥ずかしいと思っている。しかし、稚拙だと分かっていながらも聞いておきたかった。その質問は「先生は大和魂というようなものはあるとお考えですか?」というものである。私は当時、中国哲学のみならず、日本仏教、そして本居宣長の思想に興味があった。ゆえに、先生にものすごく端的な質問をしたのであった。私の稚拙かつ突拍子もない質問に、溝口先生は丁寧に答えてくれた。その答えは「そのようなものはないでしょう」というようなことだった。

話を戻したい。私は、儒教的な思想も道教的な思想も日本人の中で包摂されかつ融合され、独自の思想に生まれ変わったという立場である。また、そもそもあらゆる思想は、多様なものや時代背景からの影響を受け、次第に変化していくこうものだと考えている。それをこうだと言い切るのは、中国の儒教もそうであるように、またそれに反発した本居宣長の国学が生じたのも人と社会を啓発、感化させ、組織的な働きを人口的に生み出したいとの欲求が人にはあるからだと考えている。さらにその欲求が言葉を進化させ、概念や思想を生んでいく。そのような様相を人間教育的と見るのは当然であるが、武道の本質はそうではないであろう。

腰の具合が良くないので話を進めたい。本当はこのような論説では不十分すぎる。それなりに関係文献にも接したが、頭が悪いのもあり、研究を発表するにには数倍の文献の読み込みが必要であろう。現在は、私の武道家としての直観に頼っている。

私の武道論(武道観)の核心

さて、私の武道論(武道観)の核心を一言で言えば、武道の本質は、技術の探求による「求道」だということ。補足すれば、「武道の稽古は全てが型の修練である」ということである(組手修練も型修練の一環として行う)。

難しく言えば、『勝負という価値の存在を前提に、たゆまぬ「技術探求と修練」とそれらと一体的に生じる「心の把握と創出(追求)」を通じ、勝負の認識が相対的な次元から絶対的な次元へと超越していくこと』が武道の本質であり、究極である。そして、誤解を恐れずに言えば、道徳的な人間教育を含め、そこに何らかの社会的意義を見出していくのは後付けである。

さらに具体的に言えば、私の考える武道とは、観念的、理論的なものではなく、その行法(修行法)にこそ、真の価値があるものなのだ。ゆえに、その修練・稽古においては、独りで行う型ではなく、他者と行う型(組手型)を重視する。そして、他者との関係性の中で自己と対峙し、相対的な自己から絶対的な自己に到達すること(自由自在の境地)を目指す。そして、自己を生かしかつ他者を生かすことを学び、実践していくことが大事である。さらには、その中から得た自由を以って組手を行うこと。ゆえに組手において目指すべきは、単に勝つことではなく自由自在の境地において勝つことであり、事理一体の境地である。補足を加えれば、その相対型(組手型)の中には、その技の基本的単位としての所作の仕方としての型(全ての基本技)が存在する。ゆえに稽古では、基本技(型)が徹底されなければならない。さらに端的に言えば、武道の稽古においては、全てが型稽古であるということを述べておきたい。

求道為生楽

以上の思想を基盤にして、私の目指す武道を言い表すならば「求道為生楽」、すなわち「道を求むるは(求道)は生きる楽しむためにす」である。茶道の思想を参考にすれば、「型を生かし、その中で自由自在を得て、自他の存在を味わっていくこと」と言っても良い。茶道を知らない私が、偉そうに茶道の思想などと言っている。しかし、私の目指す武道はそういうものである。

最後に、私はかなり昔に本居宣長の足跡を追い、松坂を訪ねたことがある。実は日本武道家として、本居宣長の思想を研究したいと今も思っている。ただし、私は中国哲学に批判的な立場でもなければ国学に肯定的な立場でもない。ただ、時々の社会的指導者たちが、武道精神だとか大和魂というような語に内在させようとした意味、そして、それらが生じ、浸透していく構造を把握すること。その上で、より良い新たな構造を生み出す力を得ることが、私の研究テーマである。それは本居宣長の目指したものと共通点があるのではないかと、直観している。さらに言えば、私が日本武道に観る、本来の「道」の思想とは、昨今言われているような武道の概念とは異なると思う。そのことを確かめる過程で、本居の生誕地の松坂(三重県松坂市)を訪ねたのだ。その意味でも、溝口雄三先生からいただいた答えには、十分な意味と収穫があったと思っている。

 

 

 

(富士山麓、西内邸にて)

2017-11-13:武道論の核心の一部を加筆修正しました。

2017-11-15:一部を修正