この記事は、IBMAが推進しているフリースタイル空手プロジェクトの一環です。また、増田章のブログにも掲載しています。


感謝〜フリースタイル空手研究会の有志たちへ

7月10日の増田道場の試合イベント(交流試合)の時、FK研究会の有志がフリースタイル空手の演武をしてくれた。

先ずもって、荻野聡氏を始め、宮村氏、坡場氏、スネイド氏、吉田健二氏、吉田晴夫氏、秋元氏、弥永氏に感謝したい。デモンストレーションをありがとう。

フリースタイル空手とは、私が考案した、打つ、蹴る、投げる等の技を駆使して戦う、新しい武道スポーツの名称である。

10年ぐらい前から構想し、4年ほど前にはトーナメントを開催した。
ここ2年は、スポンサーが降りたのと私の体の具合が悪く、指導が思うようにできないことで、休止状態であった。

それでも、今年はフランスで初のフリースタイル空手のトーナメントが開催された。また、私の道場生の有志たちが、フリースタイル空手の練習を続けていてくれた。今回は、その有志たちが私に代わって、フリースタイル空手のルールや技を、交流試合に参加した子供たちや保護者に披露してくれたのだ。みんな私が演武についてどう評価しているか、気になっていると聞いた。今私は、お礼の気持ちでこのブログを書いている。失礼だが、有志一同は若くない。また仕事もあり、演武の準備は大変だったろう。

改めて私は、彼らの心に応えるために、理想の空手道を追い求めて、老骨に鞭打たねば、と思っている。構想はある。後もう少しで、自身の身体のリハビリと仕組みづくりの第1段階が終わる。第1段階というのは、ようやく動ける段階である。さらに第2、第3の段階が、理想の実現には必要だろう。今回、私は有志に元気をもらった気がする。そして復活を急がなければと、思っている。日曜日は風邪気味で調子が悪かったが、有志の映像も作ってみた。後で見て欲しい。

話は変わるが、私の空手家としての座右の銘の一つに、「先達の真似をするな。先達の追い求めたものを求めよ」というものがある。私は先達の追い求めたものを真剣に追い求めているつもりだ。それが何であるかは、今回は多くを語らない。端的に言えば、空手家の技術のみならず哲学を高めることと言っても良いだろう。もしかすると、我が師は、「もっと空手を世界に広めよ」というかもしれない。もしそうならば、私は弟子として失格かもしれない。しかし、私は空手を世に広める前に、もっと深く空手を考え、その可能性を開拓したいと考えている。そして、その技術と哲学が本物ならば、普及は後から続くと考えている。

おそらく、多くの空手家が私を笑うだろう。なぜなら、まだ理想が形になっていないからだ。しかし、諦めるわけにはいかない。何をおいても、技術と哲学の完成だ(もちろん完成までは相当な時間が必要だが、まずは土台をと思っている)。断っておくが、フリースタイル空手という、新しい武道スポーツを広めることが、私のゴールではない。より高いレベルの武道哲学を完成させることがゴールだ。その部分が、今回の有志にはわかっていないかもしれない。有志には申し訳ないが、新しい競技(スポーツ)を作ることが私のゴールではないと繰り返し言っておく。あえていうならば、新しい武道を作るといったほうが良いかもしれない。私が新しい武道スポーツと目標を掲げたのは、まだ空手がオリンピック種目になっていなかったからだ。空手がオリンピックになったなら、新しい武道スポーツの創出は、私の目標の優先順位においては下位だ

ゆえに、これからはフリースタイル空手の方向性も修正が必要だと思っている。また、今回の演武で披露してくれた技も、100分の1程度のレベルにしか達していない。間合い、リズム、呼吸、虚実、投打(剛柔)一体、自他一体の意識が低すぎる。

現在、それを伝える稽古法を、私は考案中だ。実は大体の構想は出来ている。後はやりながら微調整だ。まだ、みんなには伝えていない。それを伝えることを楽しみにしている。ただ、これはやはり、増田流であり、拓真道流だ。ゆえに、これまでの空手の概念を一旦、棚上げできる者だけに伝えたい。なぜなら、素直な心持ちでないと、新しい技術の体得に時間がかかることが予想されるからだ。できれば、内弟子をとって教えるのが良いのだが…。