編集後記 第74号 〜こんな夢を見た


11月に行う交流大会の準備を一旦脇へ置き、特別修練合宿をこなした。合宿の前日は膝が痛く、よく眠れなかった。その痛みを我慢しながら合宿指導をやり切ったものの、いつものように「なぜもっと楽しく指導できなかったのだろう」「笑顔がなかった」「ダメ出しが多すぎた」などと、反省ばかりが頭をよぎる。実に愚かなことだ。こんな自分の性格を直したいが、余裕が全くない。
そんな私を、道場生の荻野氏はいつも支えてくれる。本当にありがたい。おかげで、どうにか合宿を終えることができた。
しかし休む間もなく、アメリカから来日した家内のおじさんとおばさんと共に長野へ旅行に出かけた。家内のおじさんとおばさんには、私の家族全員がお世話になっており、家内も私も実の父母のように大切にしなければならないと思っている。ただ、膝の痛みと睡眠障害だけは苦痛だった。
それでも良いことは多く、その一つが「安曇野」を訪れたことだ。安曇野の風景は素晴らしかった。辰野の里山も良いが、安曇野の景色もまた秀逸だった。そこで偶然、「黒澤明」監督の映画『夢』の舞台になった「わさび農園」を訪れた。美しい清流が流れ、黒澤が映画のために造った水車と水車小屋が残されていた。川の水は映画で描かれた通り本当に澄んでいた。その川には魚が住んでいないように見えた。アメリカ人のおじさんが「なぜ魚がいないのか」と尋ねたので、私は「水がきれいすぎて魚が棲めないのだと思います」と当てずっぽうで答えた。実際に魚がいないのか、またその理由が本当に“水がきれいすぎるから”なのかは分からない。しかし私は安曇野で「水清ければ魚棲まず」という言葉を思い出した。社会も同じで、水が清らかすぎれば人は住めない。この言葉は中国古典に由来し、また「人物が高潔すぎれば孤独になる」という意味も含むらしい。
この場所も安曇野も、少しは観光地化しているが、周囲はそうでもない。だから美しさが保たれているのだろうか。一方で、都会のように世俗化した場所でも美しさがないわけではない、という人もいるだろう。しかし私は、その美しさは“場所”にあるのではなく、“人の心”にあると考えている。また、原風景は育った場所によって異なる。私の育ったところは繁華街に近かったが、父に連れられて行った祖母の実家周辺は、山、水田、蛍が棲む水路が広がる土地だった。
私は毎夏そこで数週間を過ごした。同じように、繁華街から少し離れれば山と清流、水田と畑がどこにでも見られた。さらに進めば海へとつながる。そうした風景が私の幼少期の記憶だ。ゆえに安曇野の景色が懐かしく、何かを思い出させてくれたのかもしれない。しかし、そんな風景は世界中の至るところに存在するはずであり、人間はそのような風景を忘れてはならないと思う。
さて、私は映画『夢』を観て良い映画だという記憶があった。そのシーンを思い出し、帰宅してから見直した。正直に言えば、黒澤作品でなければ誰も観に行かないかもしれない。矛盾するようだが、それでも私は良い映画だと思う。ただ採算を考えると、利益は出ないだろうと思うだけだ。
【黒澤明監督『夢』について】
黒澤明監督の映画『夢』は、「こんな夢を見た」というタイトルで始まる八つの短編からなるオムニバス作品である。安曇野のシーンは最後の編で、映像は美しく、音楽も素晴らしい。また私の好きな黒澤監督の哲学が盛り込まれていた(説教臭いと感じる人もいるかもしれないが)。
私が特に印象に残っているのは「ゴッホと男のやりとり」の編である。
内容は、男がゴッホ展を見ている場面から始まり、男がゴッホの絵の中に入り込む。そこで絵を描くゴッホ本人に出会う。男が「ヴァン・ゴッホさんですね」と声をかけると、ゴッホは次のように語る。
「なぜ描かん」
「絵になる風景を探すな」
「よく見るとどんな自然でも美しい。僕はその中で自分を意識しなくなる」
「すると自然は夢のように絵になっていく。いや、僕は自然を貪り食べ、待っている」
「すると絵は出来上がって現れる」
「それを捉えておくのが難しい」
男が「そのために何を?」と問うと、ゴッホは言う。
「働く」
「しゃにむに、機関車のように……」
「急がなければ。時間がない」
「絵を描く時間は、もう少ししかない」
さらに男が「怪我をなさっているようですが」と尋ねると、ゴッホは答える。
「これか。昨日、自画像を描いていて耳がうまく描けないので、切り捨てた」
「太陽が絵を描けと僕を脅迫する」
「こうしてはいられない」
そう言い残してゴッホは急ぐように去っていく。
私はこの映画を観たのは15年ほど前だと思う。私はこのゴッホの編と最後の水車小屋の編が好きだ。
私の内側から「絵になる風景を探すな」「急げ」「描け」「時間がもうない」という声が聞こえてくる。私は(黒澤の描く)ゴッホと同じ心境だ。しかし、ゴッホのように徹しきれていない。もっと徹しきるべきだ。人生と一体となるべきだ。自我ではなく、自己の潜在意識の中で醸成された感覚、そして「絵」を信じて描くべきだ。生きている間、一枚も絵が売れなくても描き続ける。その潜在意識の存在を理解する者は、誰もいないだろうが。













