2026年9月3日〜9月11日

秋吉栄史郎 インドネシア空手セミナー道中記

2026年9月、秋吉栄史郎師範代がインドネシア空手セミナーに講師として参加した。今回のセミナーは、極真空手道インドネシア精神修養会(PMKKI)が主催したものである。以下は秋吉栄史郎からのレポートである。

 

インドネシア各地から集まった参加者の皆様と。スラバヤで行われた空手セミナーにて。

9月3日 幸運、そしてスラバヤへ

実を言えば、今回の遠征が実現したのは、いくつもの幸運が重なったおかげだった。1週間以上も日本を留守にすると、指導日程の調整は極めて難しい。特にスポーツクラブでは、週6コマのレギュラー指導を受け持っている。当初は到底無理だと諦めかけていた。

ところがちょうどその矢先、大規模改修工事のお知らせが届いた。休館期間とセミナーの日程が見事にかみ合った。奇跡のように道が開けたのである。

そうして掴んだ好機だったが、今回は初めての単身海外指導だった。指導そのものへの緊張や不安もあった。しかし、方向音痴な私には、さらに現実的な不安があった。「果たして現地へ無事に辿り着けるのか」ということだった。

しかし、成田空港から飛び立った機内でも、思いがけない巡り合わせが待っていた。偶然隣り合わせた方が、日本語のとても流暢なインドネシアの方だった。道中、現地で役立つ情報を親切に教えてくださった。

さらに香港国際空港でも、親身になって案内していただいた。おかげで迷うことなく、乗り継ぎを終えることができた。胸を占めていた不安は、一気に安心と感謝へと変わった。

香港を飛び立ち、夜、飛行機が徐々に高度を下げていく。すると窓の外一面に、眩いほどの夜景が広がった。その光の海に息をのみ、心を奪われながらスラバヤへ降り立った。

スラバヤは東ジャワ州の州都である。インドネシア第二の都市でもある。人口約300万人を擁する、活気あふれる商業・港湾都市だ。独立闘争の歴史から、「英雄の街」とも呼ばれている。

空港へ足を踏み入れると、現地関係者の皆様が迎えてくださった。温かな出迎えに、長旅の疲れも吹き飛ぶようだった。大きな感激とともに、遠征の第一歩を踏み出した。

9月4日 総本部訪問と慰霊

翌朝、ホテルで朝食を済ませた。その後、巨大モール「トゥンジュンガン・プラザ」へ向かった。ここで強烈な「洗礼」を浴びることになる。

現地の方が、生の青とうがらしをポリポリとかじっていた。スナック代わりに食べているようだった。そこで、私も真似をして一口食べてみた。

その瞬間、未体験の猛烈な辛さが直撃した。喉の奥が激しく痺れた。頭と背中から、一気に冷や汗が噴き出した。

熱烈な洗礼の余韻を引きずりながら、バトゥ市へ車を走らせた。そこにはPMKKIの本部道場がある。スラバヤから車に揺られること約2時間だった。

バトゥは標高700〜1,100メートルに位置する。熱帯の暑さを忘れさせる、高原のリゾート都市である。涼やかな空気が心地よかった。

インドネシア極真空手の歴史を訪ねる

Pembinaan Mental Karate Kyokushinkai Indonesia(PMKKI)本部道場にて。

PMKKIは、1967年5月7日に設立された。創設者は、故ナルディ・T・ニルワント範士である。ナルディ範士は、インドネシア極真空手の先駆者だった。

ナルディ範士は、大山倍達総裁の直弟子でもあった。その精神と組織は、現在へと受け継がれている。現在は、娘のリリアナ・ヘラワティ会長がその歩みを担っている。

ナルディ範士と「慈愛の空手家たち」

 

故ナルディ・T・ニルワント範士の墓前にて。現地関係者の皆様とともに祈りを捧げた。

本部道場を訪問した後は、ナルディ範士の墓前へ向かった。ナルディ範士は、2009年に他界されている。静かに手を合わせ、その功績を偲んだ。

さらに、8名の門下生の慰霊碑にも手を合わせた。彼らは海岸合宿中、仲間を救おうとして命を落とした。「慈愛の空手家たち」と呼ばれている。

英語では「Karateka Heroes of Compassion」と称される。その尊い自己犠牲と武道精神に、深く祈りを捧げた。翌日からの指導へ向け、身の引き締まる一日となった。

9月5日 第1回セミナー ― バトゥ

 

バトゥで行われた第1回セミナー。参加者の皆様と記念撮影。

いよいよ第1回目のセミナーを迎えた。会場は「DOJO WARUNG WAREG」である。澄んだ高原の空気の中に佇む、広大で立派なジム道場だ。

ここには、増田章師範の記念プレートも掲げられている。増田師範は、2024年5月に開場式を行われた。その記録が今も残されている。

実は前夜、急な体調不良に見舞われた。夜中に何度も目を覚ますアクシデントがあった。大事な本番を前にしたピンチだった。

何度目かにベッドへ戻ったとき、ふと窓の外を見た。そこには、息をのむほど美しい朝陽が広がっていた。その光景を見て、心が少し落ち着いた。

「この素晴らしい日の出に出会えたのなら、このハプニングにも感謝だな」。そんな気持ちになった。セミナーの成功を祈り、静かに手を合わせた。

午前の部 ― 秋吉栄史郎師範代のセッション

午前の2時間は、私が指導を担当した。極真空手の基本や移動稽古を軸に進めた。意識の置きどころや身体の使い方も、丁寧に紐解いていった。

続いてミット打ちへ進んだ。その後は、数種類の約束組手を行った。参加者たちの眼差しは、真剣そのものだった。

 

参加者一人ひとりに、身体の使い方と技術の要点を伝える。

参加者の熱意と集中力には、目を見張るものがあった。道場全体には、高い規律が行き届いていた。その心地よさも、強く印象に残った。

指導する側にとっても、清々しい時間となった。充実した2時間を過ごすことができた。

午後の部 ― 酒井希羽選手のセッション

休憩と軽食を挟み、午後の部が始まった。担当は、日本実戦空手道七州会の酒井希羽選手だった。今回、私と共に講師として招聘された選手である。

酒井選手は18歳という若さである。それでも、数々の大会で頂点に立ってきた。日本女子のトップ選手の一人である。

酒井選手は、培ってきた技術を惜しみなく伝えた。その説明は、実にわかりやすかった。参加者たちは、一挙手一投足を食い入るように見つめていた。

 

実際に身体を使いながら、技術と距離感を確認する参加者たち。

参加者には、技術を貪欲に吸収しようとする姿勢があった。その後のスパーリングでも、熱い拳が交わされた。午後の2時間も、あっという間に過ぎていった。

この日の稽古は、合計4時間におよんだ。それでも参加者の集中力は、最後まで途切れなかった。道場に満ちる情熱に、深く心を打たれた初日となった。

スラバヤへの移動

セミナーを終え、次の会場へ向かった。目的地は、再び大都市スラバヤである。車窓の外には、無数の車とバイクが走っていた。

その様は、まるで巨大な魚の群れのようだった。わずかな隙間を、互いにすれすれでかわしていく。その絶妙な呼吸に圧倒された。

「ここでの運転は絶対に無理だ」と思った。2人乗りは当たり前だった。3人乗りや、家族と思しき5人乗りまで目撃した。

人口2億8千万人、平均年齢29歳。この国が持つ、凄まじいエネルギーを感じた。発展を続ける国の熱量を、肌で直に感じる移動となった。

9月6日 第2回セミナー ― スラバヤ

【写真7:Trainingday_00627.JPEG をここに挿入】

セミナー講師と現地指導者による記念撮影。

第2回セミナーは、スラバヤで開催された。前日の高原都市バトゥから、会場を移しての開催だった。会場は、スラバヤ市内のホテルである。

会場へ到着すると、すでに熱気で満ちあふれていた。インドネシア各地から、約70名が集まっていた。参加者たちの期待が、会場全体から伝わってきた。

体調もすっかり回復していた。気合いを入れ直し、指導に臨んだ。まずは、私のセッションからスタートした。

基本から約束組手まで

前日と同様、基本から移動稽古へ進んだ。その後は、約束組手へと進んだ。熱のこもった稽古が続いた。

遠方から駆けつけてくれた方も多かった。その期待に応えたいという思いがあった。一つひとつの動作に、心を込めて伝えていった。

 

実演を交えながら、技術と身体操作の要点を伝える。

拳を交えて伝える

後半は、酒井希羽選手のセッションへ移った。酒井選手から、「強い突きの打ち方」が伝授された。威力を生み出す方法を、丁寧に説明していた。

参加者たちは、その技術を何度も反復した。必死に打ち込む姿が、とても印象的だった。私もスパーリングに加わった。

参加者たちと、直接拳を交えた。そこには、言葉の壁を越える交流があった。心地よく、充実した時間だった。

4時間は、あっという間に過ぎ去った。今回も参加者の情熱と高い規律に、深く心を打たれた。準備に尽力された皆様にも、心より感謝を申し上げたい。

人々との絆

稽古場には、世代を越えた交流と笑顔が広がっていた。

今回の遠征では、多くの時間を現地の方々と過ごした。移動の車内も、食事の時間も一緒だった。現地の師範や先生方、ご家族とも交流を深めた。

国民性なのだろうか。出会う方々は、皆とても温厚で穏やかだった。常に笑顔を絶やさず、実にフレンドリーだった。

とにかく皆さん、お話し好きだった。車内や食卓は、終始笑いに包まれていた。特に印象的だったのは、ご夫婦の仲の良さだった。

大切な秘訣を、笑顔で教えていただいた。それは、「ハッピーワイフ、ハッピーライフ」である。「妻が幸せなら、人生すべてが幸せ」という意味だ。

その言葉を聞き、一同で顔を見合わせて笑った。道場では、真摯で厳しい武道の顔を見せる。その一方で、家族を心から慈しむ温かな素顔がある。

その素晴らしい人間性に触れることができた。それも、この旅の大きな収穫だった。私にとって、かけがえのない宝物となった。

バリ島へ

セミナーを無事に終えた。遠征の後半は、バリ島へ招待していただいた。関係者の皆様の格別なご好意によるものだった。

テーブルには、新鮮な海鮮料理が並んだ。本場のバリ料理も味わった。その豪快さと美味しさに、舌鼓を打った。

息をのむほど美しい大自然も満喫した。空と海を茜色に染める、幻想的なサンセットも見た。厳かな空気が漂う寺院も巡った。

ご案内いただいた師範のヴィラも訪れた。息を呑むほど豪華な建物だった。そのスケールの大きさには、ただただ圧倒された。

南国らしいフレッシュジュースも味わった。深く豊かなコクを持つ、バリコーヒーも印象的だった。心身ともに満たされる時間が流れていった。

結びに ― 武道がつないだご縁

 

今回の遠征を通じて生まれた、武道による新たなご縁。

幸運が重なり、今回のインドネシア遠征が実現した。初めての海外指導という重圧もあった。道中への不安も抱えながら始まった旅だった。

しかし振り返れば、温かな出会いに満ちていた。素晴らしい巡り合わせにも、幾度となく恵まれた。心が満たされる日々だった。

武道家としても、一人の人間としても、大きな経験となった。何物にも代えがたい、貴重な時間だった。

最後になりますが、増田師範に深く御礼申し上げます。このような機会を与えていただきました。また、快く送り出していただきました。

そして、インドネシアの皆様にも感謝申し上げます。異国の地でありながら、家族のように迎えていただきました。熱い真心で、私たちを支えてくださいました。

共に汗を流し、笑顔で語り合った日々。その時間は、一生色褪せることのない宝物です。素晴らしいご縁と経験を、本当にありがとうございました。

秋吉栄史郎 押忍