ふるさとにて〜父と妹に 

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 ふるさとにて〜父と妹に 
 2018年11月05日
 

【父に〜 俺は泳ぎが下手だ】

 2018年11月3日、前日の深夜に金沢に実家に帰り、午前中、父と喫茶店でお茶を飲む。いつものことだが、往復1000キロ以上の旅程をほぼ、2泊2日でこなした。いつものことだが、無理をし過ぎたかもしれない、全身の痛みと頭痛がする。

 喫茶店では、近況を父に報告した。父はいつものように、うるさそうに、私の話を聞いていた。たが、そうして父に自分の近況報告するのは子供の勤めだと思っている。その中、いつものことだが、私は講釈を垂れた。

 以前は、帰ってこなくて良いと言う父だったが、最近は「帰れ」と言ってくれる。父も老いたのだろう…(父は半身が動かない)。

 また最近の私は、一つだけ私の講釈を聞くか?と聞いてから講釈を垂れる。父が、「聞くよ、話せ」というので、私は話し始めた。父は私の講釈を黙って聞きていた。以下に私の講釈(説法)を記録しておく。
 

 「幼いころ、お父さんに海で泳ぎを教わったね」

 「でも、増田 章は泳ぎが得意ではない」

 「ただ、いくら泳ぎの上手い者でも、海では溺れることがある」

 「多分、波に流されてしまい、力尽きるのであろう」

 「そこまで想像して、俺は気がついたんだ」

 「実は自分を泳がせてくれているのは、自分の周りにある大きな海の存在があってこそなんだ」

 「その海という存在と浮かぶと言う理法があるからこそ、自分が泳ぐことができる」

 「それを忘れ、自分の力で泳ぎ切ろうとすれば、やがて力つき、溺れてしまう」

 「海の力を知り、自分の我を捨てれば浮かぶ。本来は、その浮かぶ力(理法)を活かして生き

  れば良かった」

 「繰り返すけど、いつも俺は溺れ掛けていた」

 「10台の頃、本当に生きるのが辛かった」

 「そんな増田章に、おばあちゃんや母さん、お父さん、家族は小舟だった」

 「俺はその小舟に助けられ生き延びることができた」

 「やがて、極真会という大きな船を見つけて、それに乗ろうとした」

 「泳ぎが下手な増田 章だけど、その船の力で、俺は生きてきた]

 「今は、その船から離れ、自分で泳がなければならない」

 「お父さん、もう一度言うだけ言う」

 「すでに残り時間がわずかだが、小さくても良いから船を作り、誰かのための船になりたい」

 「それを目指したい」

 「そして忘れてはいけないと思っている」
 
 「自分の周りの大きな海の存在を認め、意識することで、自分が浮かぶんだ」

 「その理法を信じることを」

 「最後に、もう一度言う、俺は泳ぎが下手だ」

 「でもね、下手だからこそ、また、大きな船に乗れなかった人間だからこそ、その理法の体得が重要だと理解できる」

 「今、そんな自分を反省している」

 「そして、父母に感謝している。お父さん、ありがとう」

 私は、父にそこまで言い、話を終えた。ただ、話終えてから、少し偉そうに話しすぎたかと、反省した。

【妹に〜 到る処に青山あり】

 夜に妹と話をした。

 私は、娘と共に父と暮らしてきたシングルマザーの妹と姪のことが気になっている。とは言ってもも、何もしてこなかった私には偉そうなことは言えないだろう。
 20数年間前、妹には娘がお前の心の支えになるから、大事にしていけと、私は言った。その娘も大学を卒業し、就職した。空手しかできない私から比べれば、立派に育った。だが、色々と大変なこともあるようだ。

 その姪と会った。東京へ戻る、日曜の明け方、6時ごろだった。ほんの少しだけ話ができた。
私は偉そうなことは言えない立場だ。だが、もっと、ゆっくりと話をしたかった。

 帰京を急ぐ明け方のフリーウェイで車中から、金沢から富山までの景観に見とれていた(あまりよそ見はしてはいけないが、他車は1、2台)。

 そんな中、姪の仕事のことで、何かを伝えたいと思っていた。私は、途中休憩の際、妹に金沢滞在のお礼のメールと写真を送った。その写真は、増田家の墓の写真と石川、そして日本の美しい景観の写真だった。

 我がふるさとのみならず、富山、長野、山梨、特に富山は、海があり山があり、川があり田園があり、とても美しい土地だ(住んだことはないが)。

 また妹へのメールには「人生到る処に青山あり」と結んだ。
本来は「人間到る処に青山あり」と言う、幕末の日本人が作った漢詩からの引用である。
また、「人間到る所青山あり」とは以下のような意味である。

 故郷ばかりが墳墓の地(青山のこと)ではない、人間の活動のできる所はどこにでもあるの意。大望を達するために故郷を出て大いに活動すべきことをいう。(広辞苑)

 ただ私は、「人間」を「人生」と言い換え、「どんな場所でも、一所懸命に生きれば、そこが懐かしく、素晴らしい場所なり、やがて終の住処にもなる。と言うような解釈で伝えた。ダメだろうか。

 妹は自分自身のことを変わり者だと言っていた。また、とても臆病で人付き合いが苦手だ、とも言っていた。心配でならない。

 兄として、気にかけてあげなければならないと思う。ただ、私の妹は愛想が良くない。特に家族には。時に父はそれを責める。しかし、昨日は父に「父ならみっこの全てを認め、受け入れるべきだ」と諭した。「みっこには、悪いところなどない」と、私はさらに加えた。

 かく言う私も、妹の性格に閉口したことがある。だが喧嘩はしたことがない。
私は、俺はみっこ(妹の愛称)と喧嘩したことはないよね。と改めて尋ねた。妹は面倒臭そうに頷いた。それに続けて、「ただ、俺も変わり者で、妹としては嫌だったかもしれないけどね」と付け加えた。
 
 さらに妹には、「そのままで良いんだよ」と「荘子の一節をアレンジした説法」で諭した。妹には、俺が作った話だと言ったら、「真面目に聞いて損した」と怒っていた。

 昔から私は、兄弟とは仲良く、そして力を合わせるべきだと、ずっと思っている。また、そうしようとしてきたつもりである。しかし、現実はうまくいかなかった。

 私は、その夢を私の息子と娘が実現してくれたらと思っている。私の心からの夢である。

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